熱帯のクリスマス
チャーリー岸田

その2 - 戦場に架ける橋(前編)

 この日は早朝6時過ぎにホテルを出発。今日は映画『戦場に架ける橋』で知られる『クウェー川鉄橋』を見に行くのだ。
 日本では一般に『クワイ川鉄橋』と呼ばれているのだが、『クワイ』と言う単語はタイ語では卑猥な意味になってしまうので、現地ではちゃんと『クウェー川』と発音しなければならない。
 泰緬鉄道の出発は07:40AMなのだが、始発駅がバンコクの外れにあるため、その駅に行くまでが大変なのだ。バンコクの朝の渋滞を考え、早朝にホテルを出なければならない。鉄橋まで行く列車は1日に3本しかないので、日帰りで行くためにはこの07:40AM発の列車に乗らなければならないのだ。

 前日、バンコク市内の旅行会社でこの鉄橋を見に行く1日ツアーを申し込んだ。若い旅行者の多くは、このようなツアーよりも自力で移動する方が好きなようだが、岸田のような中年一般旅行者はそんな面倒な事はしない。少々お金が掛かっても、全てお任せコースを選択してしまうのだ。

 『戦場に架ける橋1日コース』は下記の行程になっていた。

  1. 朝、エアコン付きのバスでバンコクを出発。
  2. 昼前に鉄橋に到着。鉄橋を見物。
  3. 列車に1駅乗って鉄橋を渡る。
  4. またバスに乗って、鉄橋近辺の『連合軍兵士共同墓地』、『泰緬鉄道博物館』などを見学。
  5. 夜、バスでバンコク帰着。
 これで費用は、昼食付きで2,000バーツ(約5,400円)。高いのか安いのか判らないが、まあこれで1日楽しめるのであれば十分である。しかし、どうして鉄道があるのにバスで移動するのだろう? まあ、そんな事を考えても仕方が無い。こちらは旅行会社の案内通りに見物していれば良いのだ。

旅行社 「申し訳ありませんが、明日はこのツアーは実施されません。」
岸田 「それでは明後日は?」
旅行社 「明後日もありません。最低催行人数に満たないのです。」
岸田 「しかしこのチラシには『最低催行人数2名』と書いてあるではないか?」
旅行社 「つまり、お客様以外に希望者が1人も居ないのです。」

 どうやら全然人気のない観光地であるようだ。2人以上のグループでまとめて申し込まないと実施されないようだ。
 結局自力で行くしか無くなってしまった。面倒だがそれもまた面白そうだ。

 渋滞のバンコクを抜け、7時過ぎにトンブリー駅に着いた。目的地は鉄橋の1つ前の『カンチャナブリー駅』である。
   鉄橋の手前で列車を降りてしまったら、列車で鉄橋を渡ると言う経験ができないのだが、鉄橋の先の駅は鉄橋から遠すぎるので、先まで行ってしまったら鉄橋見物ができないのだ。また、この鉄道は本数が少ないので、鉄橋の先まで行くと日帰りで帰って来ることができない。山奥で1泊しなければならないのだ。

岸田 「カンチャナブリーまで一等席一枚。」

 事前に値段は調べていなかったが、俺は金持ちの日本人だ。旅行は豪勢に行くのだ。

駅員 「その列車は三等席しかありません。」
岸田 「えっ! それじゃあ大人一枚。」
駅員 「25バーツです。」

 片道3時間の列車の運賃が25バーツ(約68円)である。あの旅行会社の『昼食付き5,400円』ってのは何だったのだ?

 所定の時刻を大幅に遅れて列車は出発した。この列車には指定席がないのだが、座れない可能性はない。ガラガラなのだ。
 座席は全て木製。床板の隙間から地面が見えている。また、エアコンがないので窓は全て全開。まあ、こう言うのも風情が有って良いではないか。バスツアーより面白いぞ。わはははは。

泰緬鉄道

 列車が街中を抜け草原に入ると、旅行会社の『バスツアー』の意味が判って来た。現在この国は乾季なので、全開の窓から物凄い量の砂埃が吹き込んで来るのだ。

岸田 「ひぇ〜っ!! これがあと3時間も続くのかあぁぁぁ!!」

 しかし、これが乾季であったからまだマシである。雨季であれば、スコールの度に窓を閉めなければならない。この熱帯の地でエアコンの無い車両の窓を閉め切ったら、おそらく車内はスチームサウナのようになってしまうことだろう。それよりも砂にまみれている方がまだ楽だ。
 しばらく走ると今度は尻が痛くなって来た。線路の保線状況が悪く揺れが大きいので、木の椅子から伝わって来る振動で腰がガクガクになって来た。おそらくTV番組『世界の車窓から』の撮影スタッフは、毎日こんな思いで撮影を続けているのだろう。大変な仕事である。
 砂と揺れとの戦いが3時間。やっと列車はカンチャナブリー駅に着いた。

 駅からバイクタクシーを走らせ目標の鉄橋に辿り着いた。思いの外小さな橋であった。日頃日本国内で横浜ベイブリッジなどの巨大な橋を見慣れてしまった目には、少々迫力に欠ける大きさである。しかし当時はこれを全て人力で作ったのだから、大変な大工事であっただろう。
 鉄橋の周りには意外にも多くの観光客が居た。皆連合国側の連中ばかりで日本人は居ない。またこの鉄橋は1日に3往復しか列車が通らないので、線路は歩き放題である。観光客は皆、鉄橋を徒歩で渡っている。連合軍捕虜の作った鉄橋は、その後連合軍による空襲で爆破され、現在残っているものは戦後に再構築されたものだそうだ。しかし何万人もの犠牲者を出したこの鉄道には、歴史の重みが感じられた。

クウェー川鉄橋

 鉄橋近くの食堂で昼食を取っていると、鉄橋の上を黄色いトロッコ列車が行ったり来たりしている。あれは何だ?
 早速近くに行ってみると、1回20バーツでこのトロッコ列車に乗れるようだ。当然岸田もこの車両に乗り込んだ。さあて、これはどこまで行くのだろう?
 期待とともにトロッコ列車は走り始めた。ガタガタと大きな音を立てながら鉄橋を渡り、その先100mほど走ると・・・・・・列車は停まった。そして直ぐにバックを始めたのだ。

岸田 「何だこりゃ! これで終わりか! つい先ほど歩いて渡ったエリアと同じではないか! もっと先まで行ってくれるのではないのか!」

 バンコクからこの地までが3時間の行程で25バーツである。しかしこのトロッコ列車は10分程度で20バーツである。これは高過ぎるのではないか!
 どうやらこれは、観光客が帰国してから「あの鉄橋を列車で渡ったぞ。」と言えるための言い訳用として走らせているようだ。それにしても短か過ぎる。俺はその先も見てみたいんだあ!

つづく


Seaside Cafeのトップへ戻る
<BACK><HOME><NEXT>