三島カップ(vol.2)

byチャーリー岸田


- 祭り -

 三島カップのパーティー会場は、硫黄島公民館前の広場。ステージの後には遥か上空までの崖がそびえ立ち、振り返れば硫黄を吹き出す火山。まるでゴジラやモスラが生れた島の土人の集会所だ。岩の陰からティラノザウルスが顔を出しても全く違和感がない。
 会場には、ステージに向けて5基もの照明用のやぐらが組まれ、ステージ横のテントにはPA機器の山。全て鹿児島市内の専門業者に依頼したそうだ。
 また、パーティーの司会者は鹿児島放送のアナウンサー。この島の経済力から見れば、これは異常な金の掛け方だが、年に一度の島民総出の祭り。この島の連中は、このパーティーに全てを掛けているかのようだ。

 パーティー料理は、お約束のバーベキューは当然として、島の青年団が獲って来た魚介類。そしてその魚介類を島の婦人会が総出で料理。ここで食べた硫黄島式の薩摩揚げは特筆に価する。さつま揚げがこんなに美味いものだとは思ってもみなかった。

 パーティーは表彰式から始まった。入賞したチームに与えられるのは、島の孔雀の羽根で作った冠と副賞のビールだけ。このレースでは順位は重要な問題ではない。
  表彰式が終ると抽選大会。こちらの賞品は、島民向けとヨット乗り向けに分かれる。
  島民向けの1等は[鹿児島→東京往復航空券]。当った島民のおじさんが、司会者に呼ばれて舞台に上がる。

「お名前は?」
「硫黄島の××だ。」
「東京には行ったことありますか?」
「いや、一回もねえ。」
「東京に行ったら、何をしたいですか?」
「いや、オラはええ。毎日世話になってる母ちゃんに行ってもらうだ。」
 会場から盛大な拍手。
 ヨット乗り向けの特賞は、今年生れたばかりの子牛。名前は[小春]。
 当選者は当った子牛をヨットに乗せて連れ帰っても良いのだが、それでは何かと面倒なので、1年間島の農家に預けて、1年後にこの牛が市場で競り落とされたときに、その代金を貰う方法も選択できる。
  ステージには当選者とともに、この牛を育てる農家のおっさんも登場。
「小春はオラが責任持って育てるだ! 楽しみにしてろや!」
 表彰式と抽選が終ると、次は三島村出身の唯一の芸能人。[硫黄島の歌姫]こと[苑とも子]の出番。
  歌姫の登場を告げたのはステージ上の村長。この名物村長は、ステージ上でテンションが上がりっぱなし。せっかく雇ったプロの司会者に喋る隙を与えない。
  歌姫はトロピカルな衣装で登場。激しい振付けで歌い始める。そこに突然の激しいスコール。パーティー参加者は料理のテントに避難。
  しかし歌姫は挫けない。島の娘にとって、スコールなんぞ物の数ではないらしい。
 滝のように流れ落ちる雨は石の舞台に跳ね返り、歌姫の身長よりも高く舞い上がる。スポットライトが飛沫を照らし、散乱した光がオレンジ色の崖に反射する。
 豪雨の音に負けじと歌姫の声と振付は一層の激しさを増す。鬼気迫る光景だ。
 歌姫が叫ぶ。「ヘイ!・カモン!!」
 ニュージーランドから来た遠来艇の老夫婦が、雨宿りのテントを出てステージに向かう。
 おっと、これでいいのか? この祭りを若い娘と外国の老人だけに任せて良いものか? これでは俺たちの血が納まらない。
 ヨット乗りたちは次々とステージに駈け上がり、豪雨の中で踊り始める。

 やがてスコールも去り、真打登場。
 この祭りの真打は、ギニアから来たジャンベの名手、ママディ・ケイタ。ジャンベとは、ギニアの民族音楽に使う楽器。早い話がアフリカの土人の太鼓。三島村では、地域新興の一環として、ヨットレースとともにジャンベにも力を入れている。
 どうしてヨットレースや太鼓が地域新興になるのか良く解らないが、ただ単に、村長と島民がやりたいことをやっているだけなのだろう。
 この島には、村役場の職員を中心としたジャンベ楽団があり、これがなかなかのレベル。決して役人のお遊びレベルではない。毎年やって来るママディさんに教えを乞い、島民もギニアのママディさんの村にジャンベ留学している。

 ステージ上には、ママディさんを中心とした島のジャンベ楽団。そして3つの島の小中学生の全生徒18人が、マラカスやタンバリンなどのパーカッションを手に、ステージの最前列に並ぶ。
 やがて彼らの手から人類の太古のリズムが紡ぎ出される。これがこの島のロケーションに恐ろしいほどにマッチする。俺たち全員の原始の血が騒ぐ。もう誰も俺たちを止められない。
 三島村の全島民と、このレースに参加した50艇のヨットのメンバー。クルーの家族や視察の役人、パーティー参加者全員が、原始のリズムに合わせて踊り狂う。俺たちはレースの疲れも忘れて、深夜まで汗だくになって踊り続けた。
 パーティーのフィナーレは花火。レース参加者から島民へのプレゼントだ。この花火は、島民の大歓迎に応えるため、ヨットレース参加者の寄付によって賄われる。
 花火が奇岩を照らし、音が崖に反響する。この世のものとは思えない光景。

 この日の泊りは島の公民館。公民館内の体育館や図書館など、全ての施設を開放して、ヨットに泊り切れない人員や黒島や竹島の島民を収容する。セキュリティなど皆無に等しいが、元々この島には盗まれて困る物など最初から無い。

 翌朝は、日の出とともにレース艇が次々と島を離れる。早く帰らなければ迫り来る台風の直撃を食らってしまう。
 その点の段取りは、島民の側も心得たもの。ヨットに乗ったことが無くても、海を知り尽くしている点では、島民の方が数段上手だ。
 俺たちが早朝に出港することを予測した島民たちは、人数分のおにぎりと、艇数分の氷を軽トラックに積み、岸壁に登場。出港間際のヨットに配る。
 笹の葉に包まれたおにぎりは、島の婦人会が早朝未明から総出で作ったもの。1艇あたり10貫目づつ配られた氷は、昨日のフェリーで鹿児島から運んだもの。この島には製氷施設が無い。
 こんなホスピタリティの充実したヨットレースは初めてだ。人も設備も貧弱な離島の寒村で、こんなに充実したサポートを受けるとは思わなかった。

 漁港の岸壁には島民が列を成す。

「来年も来てけろや〜!」
「どうもありがとう〜!」
 やがて硫黄島は水平線に消え、硫黄の雲だけが、いつまでも空に浮かんでいた。

おわり
 

 

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