なるほどミウラ

byチャーリー岸田


 

 初めて会ったときの印象は、「この子、ちょっと変」。
 その昔、我々のセクションに配属されて来た新人女子社員のミウラを見たとき、誰もがそう思った。若い娘にありがちな天然ボケ系なのだが、少々その度が過ぎている。訳もなく嬉しそうな顔をして、心は天国をさ迷っているようだった。
 そのときの岸田のいたセクションはフィールドサポート専門の部署であり、メンバー全員がユーザ先に常駐。幸いそのミウラは別のユーザを担当することになたっため、配属時の挨拶以来、全く会うこともなかった。

 先週、岸田の会社の事業部長が、自分のヨット(YAMAHA-33ft)に会社の連中を乗せることになり、手伝いとして岸田が呼ばれた。岸田は別の事業部に属しており、そのセクションとは全く接点がないのだが、事業部長一人で素人の面倒を見るのが大変なので、社内では数少ないヨット乗りの岸田が応援 に呼ばれたわけだ。
 

 沼津の重須港に事業部長が部下をぞろぞろ連れてやって来た。
 「で・でたっ!」なんとその中に、あのミウラがいたのだ。そうかやつは今こんなところにいたのか。 
 天然ボケの性格は全く直っていなかった。若いねーちゃんのボケは許されるが、30歳を過ぎて白髪の混ざったおばさんのボケには許されないものがある。これは完璧な差別発言だが、それは厳粛なる事実だからしかたがない。 まったくやつは大丈夫だろうか?風が吹いたら真っ先に落水しそうだ。
 

 しかし妙に船に馴れている様子だった。桟橋からヨットに乗り込むときの雰囲気が、素人とは違った。
幸い風も弱かったので、ゲストに交代でヘルムを取らせることにした。これは大変な騒ぎだった。何しろ初心者には、ティラーを右に切ったら船が左 に曲ることが、なかなか感覚でつかめない。次はミウラの番。
 「えっ? な・なんだ?」やたらと上手かった。 

岸田 「なんだ、ヨット乗ったことあるのか?」
ミウラ「ヨットは初めてですう。」
 話を聞いて見ると、彼女は長崎の軍艦島の隣の周囲2kmの小さな島の生まれ。その島は炭坑だけでできていて、郵便局や駐在所、それとごくわずかな商店の関係者以外は、全員が炭坑夫とその家族。彼女の父親も炭坑夫だったそうだ。
 小さな島なので車などの交通機関は必要なく、一番メジャーな乗り物が船。一家に1艇のボートがあったそうだ。また、レジャーは釣りだけ。なんだ飯田よりも田舎じゃねえか。こういうところで育ったならば、この天然ボケも仕方ないだろう。 
 彼女は子供の頃、長崎の方からやって来たヨットが釣りをしていると、わざとその近くにボートを泊めて、釣りをしたそうだ。当然島の子の方が釣りは上手い。ヨットが全然つれないのに、彼女の方がばんばん釣り上げるのを見て、ヨットの連中が悔しがる。それが楽しみだったそうだ。
ミウラ「子供の頃、隣の島に遊びに行こうとしたら、船外機のギヤが壊れて前進に入らなくなっちゃったんです。だからバックで隣の島まで行ったんですう。」 
 とんでもないことをサラリと言うやつだ。まるでプーケット島とピピ島の間にあった小島に住んでいる原住民だ。
 こいつはモノになるぞ。舵の切り方も、[素人にしては上手い]なんてレベルじゃない。大人になってからヨットを覚えた我々よりも巧みなものがある。 こんなところにこんな逸材が居たなんて、全く気付かなかった。 
 なんとかこいつをヨット界に引っ張り込んで、クルーとしてこき使ってみたいものだ。

以 上 
 

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