Phuket King's Cup 2000 (3)

by チャーリー岸田




part-3 「ロイヤルネイビー」

 12月4日、第1レースが開催された。
 コミッティーの本部船はタイ海軍の軍艦。この国王の名を冠したレースは海軍の全面バックアップで行われている。東南アジアで唯一植民地になったことのない国の、誇り高きロイヤルネイビーだ。運営には大量の兵員と軍船が動員され、その機動力は一般のヨットレースの比ではない。

 しかしこの日は朝から無風で、スタートは風待ちの延期。
 ところが、スタートは延期されているのにAP旗が揚がっていない。まずいぞ、これは。
 レース運営に手落ちがあると、レース後成績の悪かったチームからコミッティーに抗議が出され、ノーレースになってしまう可能性がある。国王陛下の海軍は判っているのだろうか?
 スタートは70分遅れで開始された。
 我々のエントリーしたオーシャン・マルチハル・クラスは5番目のスタート。最初のクラスの準備信号が揚がってから50分後のスタートとなる。当初9:20の予定が10:30のスタートとなった。
 第1レースは、スタート後、まず北に上ってカタビーチ沖のブイを回り、その後プーケット島南端の沖にあるKohHi島を回って、再びスタート地点のカタビーチ沖に戻って来るコース。ロングの島回りだ。今日の微風では途中でのコース短縮が予測される。午前中の風のあるうちに、距離を稼いでおかなければならない。
 乾季のタイランドは毎日快晴、晴天の空には灼熱の太陽。そして無風。このレースに必要な資質は暑さに耐える忍耐力。これがKing'sCupだ。

 カタビーチ沖のブイを回り、南のKohHi島を目指す。その途中で風が落ち始めた。この海域では、午前中はそこそこの風が吹いているものの、昼過ぎには必ず風が落ちてしまう。午前中の風のある時間帯にフィニッシュできなければ、後は日没後の陸風を待つしかなくなる。
 しかし、タイムリミットは6時間。6時間以内にトップ艇がフィニッシュできなければ、このレースはノーレースとなってしまうのだ。
 まずコース短縮は間違いないだろう。レースが成立しなければ、コミッティーだって困ってしまう。

 俺たちは灼熱の中、KohHi島に向かって走り続けた。昼前からどんどん風が落ち、島は遅々として近づいて来ない。昼過ぎ、そろそろこの付近にフィニッシュラインが設定されても良い頃だ。レースを成立させるためには、KohHi島の手前でコース短縮させる必要があるだろう。
 しかし、運営ボートの姿は見えない。あれだけ大量に居た舟艇はどこに行ってしまったのだろう?

 プカプカと潮に流されるようにKohHi島を回ったところでタイミリミット。コース短縮はなされなかった。オーシャン・マルチハル・クラスはトップ艇もフィニッシュしていないため、このクラスのノーレースが確定した。
 その日、別のチームがコミッティーに聞いた。

 「どうしてコース短縮しなかったんだ?」
 「そう言う大変なことはやらない。」
 なんだこれは?ロイヤルネイビーの機動力はどうなったんだ?これが東南アジアだ。暑い国の人は、面倒なことが嫌いなのだ。

 その夜のパーティー。
 フィニッシュできた艇の居るクラスの表彰が行われた。King'sCupでは、毎日当日のレース毎の表彰が行われる。

 「マルチハル・クラス第3位。SummerSalt!!」
 何だ?どうして俺たちが表彰されるんだ?
 司会者の話を聞いてみると、第1マーク回航の修正順位で「第1マーク賞」を設けたようだ。
 そうか、せっかく用意したトロフィーを、渡す相手もなくコミッティーが持っていてもしょうがない。とりあえず賞を作って渡してしまおうと言う発想だ。お祭りレースの「ベスト・ドレッサー賞」みたいなものだ。
 しかし、せっかくくれると言うものを、断る理由もない。我々はステージに上がり、トロフィーを受け取った。

 翌日、第2レース終了後、レース本部に成績を見に行ってみると、未だレース結果は張り出されていなかった。

「この調子じゃあ、結果が出るのはパーティー直前だな。」
 タイでは急がないのが基本だ。
 ふと掲示板を見てみると、なんと第1レースの結果が出ている。
 「なんだこれは?第1レースはノーレースになったはずではないか?」
 コミッティーは、ノーレースになったはずのレースを、第1マーク回航順位で結果を出し、後から成立させてしまったのだ。
 こんな馬鹿なことがあってたまるか?
 それがあるのがKing'sCupだ。このレースは何でもありだ。
 本来であれば、ここでコミッティーに抗議を出して、ノーレースを主張するところだが、我々の成績は3位。このまま放っておいた方が得かも知れない。
 しかし、成績表を良く見てみると・・・
「SummerSalt : 5位」
 なんだなんだ!これは!どうして3位で表彰された俺たちが、その翌日には5位になっているのだ?
 原因はスタート時刻の間違い。このレースはスタートが延期されて10:30にスタートしたのだが、成績は予定どおりの9:20スタートで計算されている。そのためレース時間が長くなってしまい、レーティングの低い後続艇が有利になってしまっているのだ。
 さて、どうしたものだろう?
 ここはノーレースを主張するのではなく、スタート時刻の間違いに抗議する方針で行くことになった。その方が確実だ。
 抗議は簡単に受け入れられ、我々はあっさりと3位に帰り咲いた。
 アバウトである。タイ海軍は非常にアバウトな規律で行動しているようである。きっとこの海軍は、戦争になったら弱いだろう。

 しかし、他のレース参加艇はこの結果に対して何を考えているのだ?
 我々以外、コミッティーのミスで順位の下がったチームが抗議を行った形跡はないし、またその後も、順位の悪かったチームからのノーレースの訴えもない。皆、成績表など目もくれず、レースが終ればリゾート三昧の生活をしているようだ。
 熱帯では、成績などにこだわらないのがお洒落な過ごし方であるようだ。

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