KENWOOD CUP1996 (Vol.2)

byショーケン


8/6

 レース2日目。今日から相棒のマストハンドは下ちゃん。それに加えて今日のクルーメンバーに「滝沢好美」の名前が。一応、彼女は関東→三河湾の廻航など、外洋の経験がある。しかし大きなレースに乗るのは始めてだ。アクションがないウェイトとしての乗船とは言え、彼女自身、不安は隠しきれない。

「ねえ、波とか大きくない?風って強くない?」
「大丈夫、大丈夫。昨日乗った感じでは、それほどではなかったよ」
ところが、それが大間違い。今日は昨日と違ってヘビーなコンディション。出艇前はしゃいでいた彼女もレース海面到着時には顔色が悪くなり、レーススタート時にはキャビン内でマグロと化していた。

第3レース 
 
 昨日と違い、25ktを超える強風。大きな波が押し寄せる。セイルは文句なくNo.3、メインはフルメインだ。スタートまでスタートラインに近づけず、少し遅れてのスタート。数秒の遅れだが、ラインはトップスピードで切ることができた。トップスピードと言っても進んでいる距離より上下にゆれている距離のほうが大きい感じだ。船団は左へ。我々はすぐにタックして右海面へ。
 今日はボートスピードはなかなか良い。昨日は全然追いつけなかったN/M-36"Surface Tension"にもついて行ける。この艇は関東ミドルで一緒に走った「サエラ」と同型艇で、カナダから参加のチーム。大男ばかりのチームで、ピットマンがピットからスピンをグイグイ上げているのを見て度肝を抜かれた。外人はやっぱすごい。この艇のことを我々は「サエラ」と呼んでいた。
 特にミスとかなかったけど、俺にしてみると婚約者がデッキの下でマグロになっているわけで、精神的にはレースに集中するのが難しかった。レースに集中しているつもりでも、やっぱり心配で気になるわけだ。そんな不安定な気分でレースをやっていたせいなのだろうか、俺も少し船酔い気味になってきた。
成績はあまりふるわず、クラス8位。

第4レース

 少し疲れが出てきた。船酔いも少ししている。風も相変わらず強い。よおし!もう1レースだ。スタート前に気合を入れる。ヘッドセイルはNo.3だ。
 スタートラインに近づくと前に"White Cloud"がいる。この艇はニュージーランドから参加で、Take-1と同型のクックソン12mだ。ここまでの走りから見て、Dクラスの優勝候補筆頭であることは間違いない。
White Cloudの下側に入っていく。我々の下はシーボニアチーム、 White Cloudの上側はTake-1。それぞれあまり距離がない。バウでオーバーラップを確認するが、外国艇になんて言えばよいのかわからない。仕方がないので、デタラメに声を掛ける。「ノーベア、ノーベア、オーバーラップやでっ!」
 スタート直前 White Cloudが少しラフし、我々のハルと彼らのスターンが軽く接触、双方B旗をあげてのスタートとなった。
Take-1、 White Cloudはすぐ右へ返す、我々はスターボでしばらく走る。スピードは悪くない。「サエラ」もすぐ近くを走っている。彼らに3艇身ほど遅れて上マーク廻航、バッチリ決まった!と思ったらスピンが落下してくる。ゲッ!ハリヤードが切れたのか、と思ったら、シャックルが外れたとわかる。既にジブダウン中であったので、ジブハリでスピンホイスト。JUSTの場合、ハリヤードが3本、それぞれジブハリ、スピンハリ、トッピングリフトに使っているので、こういうトラブルになるとつらい。
 それからは(バウにとって)忙しいレース展開。ジャイブは問題なかったが、下マーク廻航はポールカットして、トッパーでジブセイルホイスト、次の上マークではスピンホイスト、ジブダウン、ジブハリでポールアップ、次もポールカット、ジブアップ、スピンダウンと続く。船酔いしているのも忘れてしまった。風が強いので大変だった。
 最後の上り、MUMM36数艇と一緒に走る。MUMMと一緒ということは、ボートスピードはかなり良いということだ。それにしても、スプレーをザブザブかぶり寒い。KENWOOD CUPって寒いレースだったんだ。フィニッシュした頃には、わけがわからなくなっていた。



 
「うちがトップだぞ!」
レース後、片付けてくつろいでいたところに誰かがそう言いながら走ってきた。意味がよくわからなかった。トップだって?
今日のレースの暫定結果が張り出されていて、第4レースでJUST SEVENが1位だと言うのだ。
本当だったら大変なことだ。みんなでHead Quarterへ行ってみる。
 はたして、それは本当だった。クラス1位ではなく、IMSトータルの1位。一番上に「JUST 7」の文字が。何度も見直したが、本当に本当だ。クリス・ディクソンやポール・ケイヤードに俺達が勝ったのだ。世界4大レースの一つであるKENWOOD CUPのレースでトップなのだ。
「俺、ドキドキして来たぞ!“さよなら”や“フラッシュゴードン”が俺達の後ろにいるんだぜ!!」
誰かが叫んだ。あとの人は言葉を失っているようだ。そりゃ、そうだろう。俺にしてみれば気分が悪くなってホテルに帰ってしまった自分の婚約者のことと、忙しくバタバタしていたレースの情景が頭に残っていて、目の前に貼り出された暫定結果とのギャップを埋めることが出来ないでいたのだ。
浮かれ気分の我々とは別にスキッパーの五十嵐氏はレース結果を冷静に見つめていた。1位は我々だが、2位がWhite Cloudだったのだ。
「奴等、抗議出すかな?」
「出すかもしれないな」
「でも微妙だぜ。あの状況だったら奴等の方が不利だからな」
「さっき、 White Cloudの連中に声かけられたよ」
「えっ?!何て言ってたんだ?」
「おまえ達、抗議出すのか、って聞かれたので、わからんと答えて、おまえ達はどうするって聞いた。」
「それで?」
「迷ってるって言っていた」
「そりゃ、そうだろうな」
 ここで行動を起こせなかった。大体、三河湾では一部の艇を除いてよほどの事がない限りレースで抗議を出すことはない。それでこの状況だ。奴等もリスクがあるのだから、出さないのではないか、と言う楽観的な空気が我々を支配していた。甘かった。 
さて、抗議締め切り5分前。 White CloudはJUST7に対して抗議を出した。その事を我々が知った時には既に締め切られた後だった。
「うわー、はめられた!奴等出さないって言ったんじゃないのか?!」
「そんなこと言ってねえよ。迷ってるって言ったんだ」
「これ、どうなるんだ?」
「俺達は失格だな。ペナルティをもらうことになるだろうな」
「ええー、そんなのありかよ」
「そういうもんなんだよ。奴等の方が1枚も2枚も上手ってことさ。でも、悔しいな」
 結局、JUSTはペナルティをもらいクラス6位となった。1位は幻となってしまった。
落胆はしたが、ますますやる気が出てきた。結果は残念だったが、俺達でも勝てるということがこのレースで証明されたわけだ。レースは始まったばかりだ。まだチャンスはいくらでもある。どの艇でも「勝てるかもしれない」可能性を持っているものだが、それが現実味を帯びてくるとなると、話は別次元となってくる。 それにしても・・・悔しいなあ。勝つというのは難しい。勝とうと思わない限り勝てないのだ。
レース2日目、長い一日だったが、忘れられない1日となった。

つづく 

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