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フィリピーナを愛した男達(Vol.3)
by チャーリー岸田
Part-3『フィリピン経済』

 結婚式の夜。翌日からのブラカンの生活に備え、マニラ市内のホテルで持ち物をチェックした。近くに商店の無い田舎の村なので、必要な物は全てマニラで調達しておかなければならない。例えば現地の人々は平気で井戸水を飲んでいるが、日本人がそんなことを真似したら、一発で下痢になる。そのため大量のビールとミネラルウォーターを持って行く必要がある。

岸田 「準備は万全ですよ。石鹸だって山ほど持って来ましたよ。」

 岸田は今まで出張に行くと余った石鹸を持ち帰り、そのビジネスホテルの小さな石鹸が100個以上溜まっていた。岸田の場合、石鹸の無いような所に泊まることが多く、この小さな石鹸がなかなか便利なのだ。

 ところが新婦のノラがこの石鹸を見て目を輝かせた。一般にフィリピーナは日本製品に非常な憧れを持っているが、日本をしばらく離れていた彼女にとって、日本製の石鹸は宝石のような輝きを放っているのだ。

ノラ 「うわあ! 日本の石鹸がたくさん。」
岸田 「欲しかったらあげるよ。俺もこんなに沢山使わないし。」

 ところがノラは大喜びで全部持って行ってしまった。ああっ! 俺が使う分はどうするんだ?

 しかし今更『半分返せ』とも言えない。しょうがない、新しいのを買って行くか。

社長 「他にも色々買うものがあるし、これからセブンイレブンに行こうか。」

 翌日スーパーマーケットが開いてからでは、ブラカンに行くのが遅くなってしまう。今日中に全ての物資を調達することにした。

 夜のマニラの町は、東南アジアで一番危険と言われている。街には乞食が溢れ、マクドナルドやセブンイレブンなどの店でも、拳銃やショットガンで武装したガードマンが睨みを効かせている。

社長 「昔はこの通りも賑やかだったんだけどなあ。」

 数年前まで、日本からの買春ツアーが盛んだった頃、マニラの街には売春を目的としたゴーゴーバーやパブが林立していたそうだ。ところが当局の取締りが厳しくなり、これらの店は全滅。店のあった場所には浮浪者が不法占拠し、首都の中心部と言うのにバラックが目立ち、大勢の人間がぎゅう詰めになって住んでいる。外に干された洗濯物が、まるで運動会の万国旗のようだ。当然これらの場所は夜には真っ暗になる。

 どこの国でも当局のやることはピントが外れている。その昔、米国が禁酒法を実施したことによってマフィアが勢力を増大させたのと同様に、フィリピンは今、売春を禁止することによって、マフィアなどのアンダーグラウンドな勢力が力を伸ばしているのだ。

 後進国の売春は現在国際的な問題になっていて、売春をベースとして様々な社会問題が派生している。しかし、貧困から売春に走る根本的な原因を放置したまま、現象としての売春のみを取り締まったため、フィリピン社会の泥沼化に拍車が掛かっただけだ。


 海外旅行の基本として、犯罪のターゲットにされないために、金持ちに見える服装は禁物だ。その点、岸田は完璧だった。

 岸田の連休のスケジュールは、関東で3日間ヨットレースに参加し、レース終了後ヨットを一昼夜掛けて相模湾から三河湾まで回航。その翌日、中央道で奥多摩に直行し奥多摩のカヌー仲間と長瀞に遠征して川下り。また奥多摩に戻って川下り。そのまま奥多摩から成田空港へ直行と言うハードなものだった。

 この時点で肌の色はフィリピーナと同じになり、洗濯も追いつかず、服装も並のフィリピーナが避けて通る程の風格を醸しだしていた。

 しかしこの作戦もフィリピンでは良し悪しだ。普通、外国ではどんなに汚い恰好をしていても外国人であることは見抜かれてしまう。しかし、フィリピンは混血民族。

 その昔、タガログ人とマレー人が混血し、その後数百年に渡るスペインの支配でスパニッシュの血が混ざり、また大陸から大量の華僑が押し寄せ、現在の独特なフィリピン顔を作っている。しかし、この混血のバランスによって、中国顔のフィリピーナやもろに土人顔のフィリピーナ、スパニッシュ系まで居る。彼らにも自国民と外国人の見分けがつかないようだ。

 そのため、岸田は店に入る度にガードマンに睨まれ、スーパーマーケットの出口では、ちゃんと金を払ったのかレシートをチェックされる。どちらかと言うと犯罪のカモではなく、犯人側の人間に見られてしまうのだ。

 どうもマニラの街は好きになれない。


 翌日ブラカンに着くと、リンダの姉『マリッサ』も帰郷していた。彼女も通常日本に出稼ぎに行っており、今回たまたま帰国していたのだ。

 リンダの家は3人の姉妹が日本で働いており、その収入が親兄弟だけでなく隣近所に住む親類縁者大勢の生活の基盤となっている。

マリッサ 「あなたは家族と一緒に住んでいるの?」
岸田 「いや。今、仕事の都合で一人で住んでいる。」
マリッサ 「私の働いているパブにもそんな人が沢山来るわ。東京の若いサラリーマンは皆んな田舎から出稼ぎに出て来て、会社の寮に住んでいるのよね。でも家族と離れて暮らすのは悲しいことよね。」

 岸田は別に悲しいとは思わないのだが、ファミリーの絆を大事にするフィリピーノにとっては重要なことらしい。

岸田 「でも一人暮らしも気楽なもんだよ。それに西洋人なんて、ハイスクールを出ると一人暮らしするのがあたりまえだし。」
マリッサ 「そういう考えは分からないわ。誰だって大人になったら親を助けるのがあたりまえじゃない。」

 普段妙に明るいフィリピン娘達も、悲壮な決意で出稼ぎに来ていたのだ。

マリッサ 「今、私達の仕送りで弟や親戚の子達が大学に行っているの。その子達が学校を出て働くようになれば、私達も出稼ぎに行かなくても済むかもしれないの。それだけが楽しみよ。」

 しかし、南の国の男は怠け者だ。その上、女性が出稼ぎに出れば、男がフィリピンで汗水たらして働いた稼ぎの何倍ものお金が手に入る。男達も働く気になれないだろう。本当にマリッサのささやかな夢は実現するのだろうか?

マリッサ 「でも私達はまだ良い方よ。家を助けるために売春しているフィリピーナも居るわ。私達クリスチャンは売春すると地獄に行くのよ。彼女達はそれが恐くて夜も眠れないそうよ。だけどファミリーのために犠牲になるつもりなのね。」

 この家では壁じゅうにキリストやマリヤ様などの宗教画が飾ってある。同じ東南アジアでも仏教やヒンドゥー教の国とはモラルの感覚が違うようだ。

マリッサ 「私は弟達が学校を卒業するまで、あと何年か出稼ぎよ。来月からまた日本に行くの。錦糸町の『×××』ってお店。飲みに来てね。」

 そうか。それならば俺もささやかながらNGOに参加する必要があるな。



つづく


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