ラテンの世界

by  チャーリー岸田


 

 今から十余年前。S工大ヨット部は強力なチームをレースに送り出した。

スキッパー:シバタ
クルー     :横田
  この二人は性格的にも一番ワイルドで、S工大のムードメーカーでもあった。そしてレース。
1レース目:最下位。
2レース目:最下位。
3レース目:最下位。
  そしてこのコンビは解消された。

  翌年。OBとなったシバタは、横田主将率いるS工大ヨット部のインカレの応援に駆けつけた。
定員5名のS工大レスキュー艇にOB10人を乗せ、ドンチャン騒ぎをしながら海に出て行った。
海上で大騒ぎし過ぎ、船が揺れ船外機が外れて水没。航行不能となった艇は本部船に助けを求めたが、本部船にそんな暇は無く、とりあえずアンカリングするように指示した。
  ところがS工大レスキューには、アンカーどころかアンカーラインさえも積んでいなかったのだ。完全な安全検査違反。
  仕方なく他の運営ボートが曳航し、本部船の後に舫った。

 「わーい!  ここの方がレースが良く見えるぞ!」
  シバタたちはこの期に及んでも大騒ぎし続けた。
  これが原因で、S工大は当日のレースが全艇失格。シバタ以下OB一行は後輩を失格させて、とっとと家に帰って行った。
  当日夜、S工大合宿所では、横田主将以下全部員が暗い夜を迎えていた。
 「クッソーッ!  あんなOBが居るなんて信じられねえよっ!」
  岸田はS工大の連中が心配で、Sの合宿所を訪れた。するとその中で・・・岸田の後輩、T大ヨット部の一年生『トミー』がT大の部旗を振り回しながら走り回っていたのだ。Sの連中が暗く無言で酒を飲んでいる部屋の中で、『T――大ファイトー!』などと叫びながら。
「ゲゲッ!  と・トミーっ!  何してるんだ!」
「オスッ!  激励に来ました!」
  このトミーってやつは、頭の構造がどうかしている。しかしこのトミーこそが宴会芸『6番目のユウウツ』や『山本リンダ』の本家本元なのだ。岸田は単に真似をしているに過ぎない。今でも岸田は芸の面白さ・腰の振り・迫力、全ての点でトミーには遥かに及ばない。


 時は流れて1998年。そのトミーが弱冠32歳で地元の市議会議員選挙に立候補した。こいつのやることは常に突拍子も無く、全く何を考えているのかわからない。

 議会議員選挙程度だと国政選挙のような派手さは無く、地味な選挙カーが多い。ウグイス嬢も、単なる政党の事務員みたいなオバチャンばかりだ。
  無所属候補のトミーは、一般の政党所属議員に比べてスタッフも金も乏しい。しかし、ウグイス嬢だけはモーターショーのナレーションモデル経験者など派手系を揃え、選挙戦でも異彩を放っていた。こいつは単なる派手好きだ。

 選挙カーのスピーカーからはトミー候補のテーマソングであるサンバのリズム。その後には岸田の運転するゴルフカブリオ。この寒空に開け放った屋根の上には候補者名入りののぼりを立て、白手袋で町中に手を振りまくる。そして岸田の隣に乗っているのは、候補者名のバックプリント入りのウインドブレイカーに身を固めたシバタだったのだ。
  どうせ普通にやったら落選確実。ここはメチャクチャにやって目立ちまくり、イチかバチかに賭けてみるしかないのだ。

 駅前に車を停め、トミー候補が政見演説をすることになった。スタッフが拡声器の準備を終えると、シバタは勝手に選挙カーの屋根に登って演説を始めた。

「トミー候補の学生時代のヨット仲間、シバタです!  本日は後輩トミーの応援にやってまいりましたっ!・・・」
  シバタは候補者の政見も政策も何も知らない、ただ選挙で大騒ぎをしたくて参加しているだけだ。そんなやつが演説なんてして大丈夫だろうか?
「皆さん!  後輩のトミーはヨットマンです!  だからシーマンシップでガッツです!」
  意味不明な演説が始まった。大部分の通行人は候補者の演説の内容など聞いてはいない。しかし、シバタの堂々とした自信に満ちた話し振りと物怖じしない態度は聴衆にインパクトを与えたようだ。また、学生時代の運動部の先輩後輩という関係が、他の候補には無い新鮮なイメージを与えたらしい。
  常に『自分を省みない』行動パターンがシバタの唯一の強みだ。

 また車は走り出した。トミー候補は車に乗らず、選挙カーの前を走り始めた。トミー候補のウリはただ一つ『若さと行動力』。他に何もウリが無い。ここは元気に走っている姿を市民に見せつけることだけが戦略だ。
  ここでシバタまでが突然車を降り、候補者のトミーとともに車道を走り始めた。こいつが走りはじめたら誰にも止められない。

「私が市会議員候補のトミーですっ!  よろしくお願いしますっ!」
  完全に候補者に成り切っている。トミーも同じようなことを叫んでいるが、シバタには適わない。
  シバタの方は、頭の中はともかく外見だけは堂々としている。選挙を何回も経験しているプロのウグイス嬢が、彼を見て『選挙の応援に来た大物議員』と思い込んでしまったほどだ。
  それに比べてトミーの方は、その昔TVの『猿顔コンテスト』で全国6位に入ったほどの猿顔。街を歩く一般市民はシバタの方に声援を送っていた。

 そして投票日。投票が締切られ開票が始まると、選挙事務所の中には緊張した空気が流れた。トミーの妻は冷たい雪の中、地元の神社で祈りを奉げ続けた。
  ここで肝心の候補者本人が、選挙事務所の中で腰を振って踊り始めたのだ。緊張のあまり気が変になってしまったわけではない。頭は元々おかしい。
  ただ選挙期間中は、候補者のイメージダウンを恐れ、スタッフに腰振り踊りを禁止されていたのだ。これが投票締切りから解禁となっただけだ。
 

『トミー候補当選確実!』深夜1時に発表された。
  このときシバタはとっくに家に帰ってしまっていた。彼は大騒ぎがしたかっただけなので、選挙の結果なんてどうでも良かったのだ。
  選挙事務所には、近郊自治体の若手政治家、及び政界を志す政治家の卵などが応援に来ていた。その連中がどっと岸田のもとに集まって来た。
「岸田さん。あのシバタ先生はどこにいるんでしょうか?」
「私は来年、地元の市議会選挙に初出馬するんです。そのとき是非ともシバタ先生を応援に連れて来て下さい!」
「僕のときにもお願いします!」
  なんだ?なんだ?  単なる大騒ぎ野郎が、ここでは「先生」になってしまっているぞ!
  そうか、政治の世界っての大騒ぎして目立てば良い。というラテン系の世界だったのか?  しかし俺はM市市民じゃなくて良かった。

 選挙ってのは、プロセスはどうあれ当選すれば全て良し。結果オーライの世界だ。岸田がウグイス嬢に対して起こした『セクハラ事件』も全てがチャラになってしまった。
 

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