ベトナム紀行
チャーリー岸田

その3 - ベトナム料理

社長 「それじゃあ昼飯にしようか。この近くに美味いフォーの店があるんだ。」

 『フォー』とは、米で作られた麺である。タイ料理の『クィッティオ』に良く似ているが、味は少々薄味である。
 どうやらこの社長は麺類オタクのようだ。昨日から彼の勧める店は全て麺類だ。
 ベトナムには数多くの麺類がある。米を材料にしたものでも蒸し麺や茹で麺など数種類があり、その他中華麺や春雨など、麺の種類だけでも沢山あるのに加え、そのそれぞれに色々な種類のスープや具がある。全て合計すれば何種類の麺類があるのか数え切れない。毎日朝から晩まで麺類だけを食べていても飽きることはないだろう。そしてこの社長はベトナム滞在中、ずーっとそれを実践しているようだ。

 この日午後から岸田は別行動となる。アジア雑貨屋の社長と専務は現地の工場担当者との製品の打合せに入るのだが、単なる運び屋として来ている岸田は打合せに参加する必要がない。そのため打合せの間は自由行動となるのだ。
 ここで岸田には計画があった。それは麺類以外のベトナム料理を食べることだ。実は岸田はタイ米に代表される細長い米が大好きなのだ。たった今昼飯を食ったばかりなのだが、何故か東南アジアに居るときは食欲が底無しになってしまう。資金はまだまだ有る。初日に1万円を両替していたのだが、これがどう考えても使いきれない。仕入活動は全てホーチミン市内なので交通費が掛からないし、飯も数十円の屋台ばかり。せっかくベトナムまで来ているのだから、思いっきりゴージャスにベトナム料理を堪能するのだ。

 岸田は美味そうな店を探して街を歩いた。高級な店に入ってもベトナムの物価では知れている。ジャパン・マネーは強いのだ!
 しかし、エアコンの効いたお洒落な感じの店は、主にフランスかた来た白人の爺婆団体で占められていた。おそらくこれらの店では西洋人向けにアレンジされた料理を出して居るのだろう。それでは面白くない。そんなものを食べにわざわざベトナムくんだりまで来た訳ではないのだ。
 散々歩き回った後、ふと路地に入ると食欲をそそる香ばしい香りが漂って来た。

「おっ! これだこれだ。この匂いはどこから来るのだろう?」
 それは路地裏のオープンレストランであった。

路地裏のオープンレストラン

 昼飯時も過ぎていると言うのに、この店は地元民で繁盛している。もうこの店に入るしかない。
 これが大正解であった。

岸田 「これとこれとこれ。全部ご飯に掛けて!」

 何種類かの料理を注文し、それらを全てご飯の上に掛けてもらった。やはり東南アジアではこのスタイルが一番だ。
 一見単純な肉野菜炒め。しかし食べてみると、野菜本来のコクとこの国の伝統的な調味料が生きている。見栄えは悪いが味は絶品だ。わはははは! この味がアジアの醍醐味だぜい!
 お勘定を依頼すると、なんと全部で\40だった。しまった! 今回はゴージャスに行く予定が、またお金を使う機会を逃してしまった!

 その後半日市内を歩き回ったのだが、まだ社長から連絡が無い。打合せが長引いているようだ。そろそろ腹が減って来た。晩飯は夜彼らと合流してから行く予定になっているのだが、その前に一杯食っておくか。
 しかし、ホテルのレストランや白人相手の店に入る気はしない。ベトナムはフランス領であったためフランス料理もなかなかいけるらしいのだが、あまり興味が沸かない。
 空が暗くなり始めた頃、街に天秤棒を担いだオバチャンたちがワラワラと沸き始めた。オバチャンたちは路上の思い思いの場所を陣取ると、天秤の中身を道に広げている。

「物売りかな?」
 そうではなかった。この天秤棒の片方はそのままコンロになっており、汁の入った鍋が載っている。そしてもう片方には食器と食材。これがベトナム式の出店だったのだ。東南アジアには屋台が多いのだが、ベトナムの場合は車輪の付いた屋台ではなく未だに天秤棒を担いで商売している人々が居るのだ。
 オバチャンが手際よく店を広げると、その周りに常連らしい現地人が集まり始めた。
 間違いない。あのオバチャンの店は人気なんだ。きっと美味いんだ!

フォーの屋台

 岸田が現地人に混ざって店の前に立つと、おばちゃんは小さなプラスチックの椅子を差し出す。日本では風呂場で使うやつだ。これも重ねて天秤の中に入っていたのだ。何と合理的な仕組みなのだろう。
 このオバチャンに英語が通じないので、どのように注文したものか迷っていると、ザルに載せた香草を突き出して来た。どうやら外国人である岸田に「この匂いは大丈夫か?」と、聞いているようだ。

岸田 「OK! OK!」

 岸田も身振り手振りで答えた。オバチャンはニコッと笑い手際よく麺を茹で始めた。これは何だろう? 米で作った麺であることは判るのだが、フォーだろうか、ブンだろうか、それともフーティウだろうか?
 言葉が通じないので、何も聞き様が無い。こちらは黙って出されたものを食べるしかないのだ。

岸田 「美味いーっ!」

 名前も判らない麺類であったがとても美味かった。値段は\70。またお金を使う機会を逃してしまった。

 歩き疲れてホテルに帰ると、しばらく後に打合せに行っていた二人も帰って来た。

専務 「ああーっ! 腹減ったあ!」
社長 「この先に中華麺の美味い店があるんだ。晩飯まだだろう?」
岸田 「おう! まだまだ!」

 そして俺たち3人は、また麺を食べに夜の街へと繰り出した。



つづく


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