タイ料理解説

by チャーリー岸田

その3「ネズミの糞」

 初めてKing'sCupに参加される方に、今回はタイ料理に関する岸田の体験談をお話しします。参考にして下さい。

 King'sCup1998遠征中の夜、岸田と横田はパトンビーチのオープンレストランで晩飯を食べていた。
 横田は運ばれて来た料理を一口食べると、いきなり悲鳴を上げた。

横田 「ひゃぁーっ!! グガゲゴギーッ!!!」

 あまりにも辛かったのだ。
 その横田の反応を見て、レストランに居たタイ人のお客は皆大爆笑であった。横田の反応が面白かったことだけが原因ではない。この国では「辛いものが食べられないのは子供」とされていて、大人になっても辛いものが食べられないことが、それだけでギャグになってしまうのだ。いい年をした中年のオッサンが、まるで子供のように辛さに悲鳴を上げている姿が、彼らには面白かったのだ。
 そして横田が残した料理は岸田が全部食べた。腹がパンパンに膨れたが、もったいないではないか。岸田はこの程度の辛さは何でもないのだ。
 横田はメニューを見て別の料理を注文しようとしたが、メニューは全てタイ語で書いてある。読めない。またデタラメに注文して辛い料理が運ばれて来てしまったら、またこのレストランの人気者になってしまうではないか。
 そこで横田は隣のテーブルに居た地味な3人組の娘さんたちにメニューを見せ、身振り手振りで「辛くない料理はどれか?」と、聞いていた。これが例の「地味な3人組」との出会いになるのだが、その話は今回の主題ではない。

 そしてそれから3年後。2001年に岸田は、当時バンコクに住んでいた柴ヤンを訪ねた。この当時柴ヤンは、バンコクのアパートに住んでタイ語学校に通っていたのだ。
 岸田がバンコクに着いたその日、岸田と柴ヤン、そして柴ヤンの友人でタイ人のメイの3人で晩御飯を食べに行った。メイは日本人相手の旅行ガイドを目指して日本語を勉強している。彼女にとっては、我々日本人と会話をすることで生の日本語に接することが勉強になるのだ。我々はこのメイをガイドとして雇うことにした。まだガイドの資格を取得していない見習が外国人観光客を案内することは、この国では違法行為になるのだが、まあこれが彼女の勉強にもなるのだから個人的には問題ないだろう。
 レストランで柴ヤンが言った。

柴ヤン 「メイはタイ人のくせに辛いものが食べられないんだぜ。うひゃひゃひゃひゃ。」
メイ 「そんなこと言わないでよ! 恥ずかしいから。」
 メイは思いっきり照れていた。タイでは辛いものが食べられないと子供扱いされてしまうのだ。
 メイの話では、彼女は伝統的なタイ料理をあまり食べない西洋風の感覚を持った家庭で育ったため、食生活も欧米式なのだそうだ。
メイ 「でも私、やっぱり辛いものは苦手・・・」
 トムヤンクンが運ばれて来た。テーブルの中央に大鍋が置かれ、それを各々が小さな茶碗に取って食べる形式だ。
 そのトムヤンクンは辛さが控えめになっており、各自がそれぞれの好みに応じて自分の器に唐辛子を入れる仕組になっている。
 メイはいきなり十数本の唐辛子をつかむと、それらを全て自分の器に入れ、スリコギのような棒で摺り始めた。日本の御飯茶碗程度の大きさの小さな器である。そこに大量の唐辛子を入れトムヤンクンを盛れば、器の中は真っ赤になる。そしてメイは、「辛いのは苦手・・・」などと照れながら、その真っ赤なトムヤンクンを平気でパクパク食べているのだ!
岸田 「柴ヤン! この子は辛いものが苦手だったのではないですか!」
柴ヤン 「基準が違うんだ。この国では唐辛子は辛い食べ物の部類には入らないんだ。」

 翌日の夜はバンコク東急デパートの日本食レストランに行った。

柴ヤン 「タイ人は唐辛子は平気だけど、ワサビは苦手なんだ。」
メイ 「そう。私もワサビは苦手。ちょっとしか付けられないの。」
 そして運ばれて来た刺身は・・・・・・
 刺身の本体よりもワサビの体積の方が大きい! 小さな皿にほんの少しだけ載せられた一人前の刺身の横に、ゴルフボール大のワサビの塊が何個も並んでいるのだ!
 メイは刺身一切れの上に、その刺身より遥かに大きなワサビの塊を載せ、「ワサビは苦手・・・」などと言いながらパクパク食べている!
岸田 「柴ヤン! タイ人はワサビが苦手だったのではありませんか!!」
柴ヤン 「だから基準が違うんだ。」
岸田 「それでは、メイが苦手と言う『辛いもの』って、何なんですか? 唐辛子もワサビも辛いものではないのですか?」
柴ヤン 「タイ人が言う『辛いもの』ってのは、『ネズミの糞』なんだ。」
岸田 「えっ? 何それ? ネズミの糞を食べるんですか?」
 柴ヤンの話では、その外見から通称『ネズミの糞』と呼ばれる香辛料の種が最も辛い食べ物で、メイが苦手なのはそれなのだそうだ。本当は『ネズミの糞』ではなくて正式な名前があるのだが、タイ人の多くが『ネズミの糞』と言う通称で呼んでいるので、柴ヤンにも正式な名前は判らないようだ。
 しかしいったい、このメイが食べられないほどの辛いものって、どのような辛さなのだろう?

 そしてその翌日、今度はメイの友人『メン』がやって来た。メンは普通のタイ人で、辛いものも人並みに食べられるのだそうだ。
 メンはレストランに入ると、緑色のスープを注文した。

メイ 「私は、これが駄目なの。メンは平気で食べられるけど、私は苦手。」
 どうやらこれが『ネズミの糞』の入ったスープらしい。唐辛子を平気でバクバク食べるメイでさえ食べられない辛さ。当然日本人には無理だろう。
 しかし、それがどのようなものか。好奇心をそそるではないか?
岸田 「一口もらっていかな?」
 岸田はコーヒー用の小さなスプーンで、そのスープの上澄を少しすくった。絶対にスープの具が入らないように細心の注意を払いながら、ほんの僅かな舐める程度の水分をスプーンですくい、口に持って行った。
 その直後、後頭部を鈍器で思い切り叩かれたような激しい衝撃が身体を襲った! 『辛い』とかそう言うレベルの問題ではない。目から火花が飛び散るような衝撃なのだ。
 口の中は耐えられない痛さ。『辛い』と言うよりも『痛い』と言う感覚だ。まるで口に包丁を突っ込まれて口の中を切り刻まれたかのようだ。口から血が出ていないのが不思議でならない。目には涙が溢れ、顔は涙と鼻水とよだれでグチャグチャ。何も見えない。そして全身を悪寒が襲い身体がガクガクと震える。全身の毛穴が開き、身体中からとめども無く冷や汗が流れる。
岸田 「うう〜っ、うう〜っ、はぁはぁはぁはぁ〜。」
 岸田は椅子から転げ落ち、床に両手を付いてもだえ続けた。このとき岸田は、「こんなつらい思いをするよりも、ひと思いに殺して欲しい。」と思ったほどだ。
 メイとメンが、急いでマンゴージュースを持って来た。この辛さを緩和するには甘いジュースが効くのだそうだ。冷たい水や氷を口に含んでも、そんなものは全く効果がない。ジュースを口に含むと、たしかにこの地獄の辛さがほんの少しだけ軽くなる。しかしそれもほんの少しだけだ。耐えられない痛みに変わりはない。彼女たちも心配している。さすがにこの状態は、誰が見てもギャグでは済まないようだ。
岸田 「はぁはぁはぁはぁ〜。はぁはぁはぁはぁ〜。」
 この苦しみはどれだけ続いたのだろう? 岸田には果てしなく長い時間に思われた。
柴ヤン 「岸ちゃん良かったのう、命があって。これでショック死する人も居るんだぜ。毎年何人も死んでいるんだ。」
 皆さん、タイに行ったら『ネズミの糞』だけには気を付けましょう。
 柴ヤン、『ネズミの糞』の正式な名前を教えて下さい。知らずに間違って食べたらえらいこっちゃ。 


Seaside Cafeのトップへ戻る
HOME