ピマーイ探険記(9)

by チャーリー岸田

そしてピマーイ

 探検隊一行はひたすら東へと走り続けた。空はカンカン照り、灼熱の太陽だ。しかし季節は雨季である。

「いったいこれのどこが『雨季』なんだ? カンカン照りじゃないか?」
 ところが突然黒い雲が現れ、日本では台風のときにも見たことがないような激しい雨が降り注ぐ。瞬く間に道は川に変わり茶色の濁流が流れる。それまで走っていた道が、あっと言う間に膝までの深さの水に沈んでしまうのだ。場所によっては腰までの深さの所もある。そして雨が上がると、また灼熱の太陽が現れる。

 それでも俺たちは挫けずに走り続けた(注1)。

 そしてピマーイ。

 ここは11世紀から12世紀にかけてクメール人によって造られた神殿である。その当時、この一体はタイではなくてクメール帝国(カンボジア)の一部であった所だ。タイのアユタヤなどにある遺跡とは明らかに様相の異なる建造物。そして壁に刻まれたクメール文字。古代クメール人の息吹が聴こえるようだ。

 添付の写真は寺院入口に掛けられた橋。この石橋は『人界と天界を繋ぐ橋』とされている。両側に建つ獅子は日本の神社の狛犬のような存在。犬とライオンの違いはあるが、構図としては日本の神社と同じである。ここに我々日本人の文化と同根のものがあるのかも知れない。

石橋

<注1>

 このとき苦労していたのはチャーターしたワゴン車の運転手だけ。俺たちはエアコンの効いた車内からビールを飲みながら、「おおーっ! 凄げーっ!!」などと言いながら車窓を眺めていた。

つづく

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